マイゴのコドモ

 秋風が吹いた。エドワードは小さくくしゃみをする。
 そろそろ朝晩が冷え込むから気をつけなさい、と手紙には書かれていたが、野宿では防寒する術もない。まだ葉も落ちていない木の下では、いくら錬金術が使いこなせようと、無駄であろう。
 せめてもと彼が持たせてくれたマフラーを首に巻くと、幾分か暖かい。やはり毛糸のものは違うなあとつぶやくと、弟は笑った。
「兄さん、幸せそうだね。それ、大佐の手編みなんでしょ」
 こくん、と頷くエドワードのマフラーを、弟はうまくかけ直してくれた。こんな場所でも、細かい気遣いができる彼は大したものだ、と思う。
 落ち着いた色のそれは、背丈の小さなエドワードを少しだけ大人っぽく見せてくれる。何より、あの青年の手編みということはとても嬉しかったから、こうして鞄に入れ、持ち歩いていたのだ。

 しばらく探索を続けていると、がさり、と草むらが揺れた。警戒して、二人は構える。
 が、出てきたのは小さな子供だった。二人が構えを解くと、子供は顔を歪め、こちらに走り寄ってきた。
「まいごになっちゃった…おかあさん、どこ?」
 こんな山奥で迷子というのも不思議な感じがして、エドワードは詳しい話を聞いた。
 子供は、母親と一緒に山菜採りに来ていたが、いつの間にかはぐれ、こうして探し歩いているのだという。
 泣きじゃくる子供の頭をアルフォンスは撫でながら言う。
「兄さん、この子」
 探し物を探したい気持ちは山々だったが、この子供をここでそのまま置き去りにする訳にもいかない。エドワードはそうだな、と頷いた。
「じゃあ、お兄ちゃんたちと一緒に町に戻ろう。憲兵さんがきっと探してくれるから」
「…ほんと? おうち、かえれるの?」
 ああ、とエドワードが首を縦に振ると、子供はにっこり笑った。
「ありがとう、おにいちゃん!」
 そうして、二人と子供はその場所を後にする。

 町に着いた頃には、既に空は真っ暗だった。
 先ずは宿を取ろうと三人は町唯一の宿屋に向かう。
 宿は空いていて、すんなりと部屋が取れた。ベッドの上できゃっきゃっと遊んでいる子供と兄を片目に、アルフォンスは考えごとをしていた。
 どうして、あの子は母親とはぐれてしまったのだろうか。
 勿論考えても無駄だとは分かっていたが、それでも疑問は疑問だった。
「…そうだ、名前は?」
「ぼく? ノースっていうの」
 子供はそう言ってにっこり笑って聞き返してきたので、二人も名乗る。さすがにこの小さな子供は自分たちのことを知らなかったようだ。
「ねぇ、エドおにいちゃん、お腹空いたよ」
 エドワードの服の裾を掴んで、子供は空腹を訴える。と同時にエドワードの腹の虫が鳴いた。
「メシ、食いに行くか」
 シチューを食べながら、エドワードは聞いた。
「なあ、ノースはどこに住んでるんだ?」
 すると子供は、ここからはそう遠くない町の名を上げた。その町に行って直接親を探した方が早いかな、とエドワードは弟に相談した。
「まあ確かにそうかもね。どうせ親が見つかるまでは僕たちと一緒に行動する訳だし」
 ノースはシチューの他に、デザートのケーキまですっかり平らげ、うとうとと船を漕いでいた。その様子を見てエドワードは苦笑する。
「オレもあんな感じ?」
 否定はしない、と言われながら、エドワードは最後のひとさじを口に含んだ。
 ベッドの上で寝息を立てる二人を見ながら、アルフォンスは地図を開いた。
 どうやって探そうか、などと考えていると、不意にノースが目を覚ました。
「…アルおにいちゃん、まだおきてるの?」
「ごめん、起こしちゃった? まだ夜中だよ、寝てていいよ」
 眠いのだろう、子供は目を擦りながらまたベッドに横になった。
「…エドおにいちゃんのとなりでねてると、まえのおかあさんのことをおもいだすんだ」
 複雑な事情を抱えているのだろう、ノースは寂しそうにエドワードの服にしがみついた。少し戸惑ったアルフォンスに、子供は言う。
「いまのおかあさん、とてもこわいの。しょっちゅうおこるし、たたかれるから。でも、きょうのおかあさんはやさしかったなあ」
 その言葉から導かれる結論に、アルフォンスは気付いてしまった。しかし、今、幸せそうなノースにそのことを伝えるのは酷な気がして、口をつぐむしかなかった。

 翌朝早く、エドワードたちは宿を発った。
 勘のいい兄は、すでに気付いていた。その洞察力の鋭さは、自分の兄の尊敬できる点の一つだ。
 列車に乗ってから二時間もしないうちに、その町には着いた。そこそこの規模の町なのだろう、駅には人がちらちらと見受けられた。
 通りに出るや否や、ノースは走り出した。何か見つけたのかと思うと、ノースは一人の女性に抱き着いていた。
「リリアさん! ただいま!」
 リリアと呼ばれたその女性は、まだ20代半ばだったが、その野暮ったい眼鏡のせいか、どこか老けて見えた。
「ノースぼっちゃん…よくご無事で」
 ぼっちゃん、と呼ばれているあたり、彼は結構な家の子供なのだろう。歩み寄ってくる二人に、彼女はお辞儀をした。
「ノースぼっちゃんを助けて下さり、ありがとうございます。ささ、どうぞ屋敷にご案内致します」
 言われるがままに、二人はリリアについていく。

 でかいな、とエドワードは呟いた。
 目の前には、相当に大きな家がある。鉄の門付きなのを見ると、この家は富豪なのだろうか。
 鉄の門をくぐると、庭仕事をしていた初老の男性がこちらを見た。そして、鋏を置くと、ノースを抱きしめた。
「ノースぼっちゃん、お帰りなさい」
 ただいま、と笑う子供を見て、彼は安心したような顔で言う。
「あなたたちが助けて下さったのですか。ありがとうございました」
 そんなやり取りを繰り返して、ようやく応接間に通されると、目の下にくっきりと隈を残した男が現れた。そして、泣きながら子供を抱きしめる。
「私の息子を助けて下さりありがとうございました。私は、クリアリバーと申します」
 クリアリバーと言えば、“刃の”の二つ名を持つ武闘派国家錬金術師だ。驚きを隠せないエドワードに、男は言う。
「貴方は鋼の錬金術師でしょう。その赤いコート、金髪。かねてから噂は伺っています」
 どんな噂かは聞きたくはないので、エドワードは話題を変えた。
「ところで、この子の母親は?」
 言われた途端、クリアリバーは首を振った。
「今は、買い物に行っています。ノースを山中に置き去りにして帰ってきたと思えば、よくもまあそんな、と思いますよ」
 最低だな、とエドワードは心の中で吐き捨てた。いくら義理の子供でも、それはないだろう。
 ノースは悲しそうに父を見上げた。無言のまま、彼は愛する子供の頭をさらりと撫でたのだった。

<つづく>
2010.10.3
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