雛鳥を助けて

 空からなにかが降ってきた。

「……!?」
「や、やあ……」
 ぼろぼろな服。いったい何があったのか。
「何してるんですか……」
「いやあ、ほら。鳥がね」
 見ると、懐に鳥の雛が。まだ羽毛が生え揃っていないのを見ると、生後何日か──。
 きっと彼は、この小さな雛鳥を助けたのだ。
「ああ、これは……仕方ないですね。巣はどこに?」
「あの辺りに。たぶん、だが」
「──ああ、あれですか」
 ちらちらと見え隠れする巣が、ここからでも分かる。早く戻してやらないと、衰弱死してしまうだろう。
「じゃあ、彼を巣に戻しましょうか。僕も手伝いますね」
 頷いて、立ち上がる。身長差が、なんとなく、僕に劣等感を抱かせて。
「……僕が、やります」
「いいのかい?」
「はい。僕にも手伝わせて下さい」
 そう言ってから、僕は鳥を預かり、木を上った。これくらいできなきゃ、ヒーローじゃないだろう。
「さあ、巣へ帰れよ──」
 なるべく優しく、巣の中へ返してやる。ぴぃ、と彼が弱々しく鳴いて。
 途端、親鳥の声。威嚇されている。襲われる。突かれた。痛い。
「────あ、」
 うっかり木の幹から手を離してしまって、体が空に放り出される。今まで気づかなかったが、ここは相当高さがある。

 雛鳥を助けて、殉職? そんな終わりってあるだろうか?

「折紙くんっ」
 彼の声。見れば、目が蒼く光っている。
 その瞬間、僕の体はふわり、と風に包まれていて。
 それから、すとんと彼の体に落ちる。それはまるで、所謂お姫さま抱っこのようで──。
「大丈夫かい?」
「あ、──大丈夫、です」
 むしろこの状態の方が、大丈夫ではないのだけれど。
「ありがとうございます、スカイハイさん」
「無事でよかった、よかった無事で」
 そんな彼は、ホッとしたような、心底安心したような笑顔で──。
「……ありがとう」
「──え?」
「君のお陰で、あの雛は戻れたんだ。だから、ありがとう」
 僕のお陰という言葉が引っ掛かって。
「僕のお陰なんかじゃない──あなたが助けてあげなければ、落ちて、死んでた。雛も、僕も。だから、お礼を言わなければいけないのは僕の方で」
「それでも、雛を戻してやったのは君だ。だから、これは、雛の代わりに」
 そうして、僕をそっと地面に立たせ、右手を取ると、人差し指に口付けた。柔らかい感触。熱い、温度。
「──イワン、私はね、」
 不意に本名で呼ばれて、心臓がはね上がる。どきどきする。
「君のその優しさが、大好きだよ」
 そう言って、誰よりも優しい彼が笑う。
「大好きだ、君が」
 間違っても、彼はふざけてこんなことを言うような人じゃないから。──分かってる。
「でも、僕は──」
「知ってるよ。全部。だからこっちを向いてくれなくてもいい。君は、君なりに恋をすればいい。それで、もしも、恋が終わるときがきたら──少し、こっちを向いて欲しい」それがどんなに我が儘なことかと、彼は知っている。
「……キースさん」
 名前を呼んでみる。彼の、名前を。
「イワン」
 少しの間、彼と向き合う。優しい、柔らかい笑顔。いつもと同じ笑顔だ。
 誰よりも純粋で、誰よりも屈託のない笑顔を見せるのだ、この人は。
「──もし、僕が振られたら、慰めて下さい」
「もちろん」
 ふざけた、身勝手なお願い。それでも笑って了承してくれる、彼。
 僕はこの世の誰よりも狡い人間だ。
「大好きだよ、イワン」
 一番のヒーローに愛されているというのに、その気持ちさえ無下にしてしまうかもしれない。なのに、彼は──。


20110819
(空→折なんてね。ちなみに折紙→パオリン的な感じ。そして空←龍でいい具合に三角関係。まさかのドロドロ)