つきへかえる

「バニーちゃんはさ、月に帰っちゃう訳?」
 そんな、ふざけた質問。だけど、真面目な表情の、彼。
「……どうでしょうね」
「──そしたら寂しいなあ」
 きっと彼は、酔っている。僕は、兎なんかじゃなくて。
「……大丈夫、僕はあなたの前から消えたりしないから」
「でも」
「でも、も何もありません。僕は兎なんかじゃない。──ただの人間ですよ」
 その言葉に、不意に彼は笑いだす。そして、涙をこぼしながら、笑う。
「そーだなあ、お前は人間だ。能力があっても、人間だな」
「……おじさんは、酔いすぎです。ちょっと酔いを醒ました方が──」
「バーナビー」
 名前を呼ばれたかと思うと、抱き寄せられて、唇を奪われる。強引に。
「……何のつもりですか」
「好きだよ、お前が」
「倒置法使われてもときめいたりしませんよ。何なんですか、何のつもりなんですか」
 そんな、そんな彼から求められたら応えてしまいたくなるじゃないか──!
「……離してください。僕はそんなこと、望まない」
「俺が望んでるから、お前のこと」
「そう言えば僕が揺らぐとでも?」
「ああ」
 盛大にため息。本当に、何なんだこの人は。
「……おじさん、」
「本名で呼んでくれよ、今日くらい」
「っ、虎徹さん! 何のつもりですか、僕をどうしたいんですか」
「俺のものにしたい」
 もともとあなただけのものですと言えば、彼は驚いた表情で。
「おー……バニーちゃんがデレた」
 面倒な人だと思う。僕はため息を吐いて、
「虎徹さんは、僕を自分のものにしたいと言いましたよね──じゃあ、してください」
「お? あれ? 今さっきあなたのものって」
「矛盾を指摘するのはいいですが──やらないなら、僕は寝ますよ、もう」
「あっ、やるよ……やる、うん」
 もう一度口付けられて。熱い。頭がくらくらする。
 顔を離すと、彼は優しい表情で。
「冗談。早く寝な」
 額を、指で弾かれる。所謂デコピン──痛かった。


 このままいっそ、彼を置いて月に帰れたのなら、彼は追いかけてきてくれるだろうか。
 いや、その前に僕が地球に戻りたくなってしまうのか──。
 もう僕は、彼から離れられない。離れることはできない。

 それはまるで──地球と月のように。

20110819
(バニーちゃんといえば兎、兎といえば月。そんな些細な連想ゲーム。おじさんはノンケだと思うよ!)