あかいしずくがこぼれた


「おじさんは、僕じゃだめなんですか」

 そんな言葉を呟いたのは、紛れもない僕自身だ。
 おじさんはびっくりしたという顔で、こっちを見ている。僕も僕で、なぜこんなことを言ったのかが分からない。
「……どういう、意味で?」
 どういう意味で。どういう意味だろうか。自分でも、よく分からないのだ。
「……僕もよく分かりません」
「何じゃそら……」
 少しの沈黙のあと、おじさんが僕に訊いた。
「お前は、俺のことどう思ってる訳よ?」
「えっ」
「なんだ、その……所謂恋愛感情、みたいなものを」
 まさか、と思った。自分が恋愛。馬鹿馬鹿しくて、笑えてくる。
 今まで二十年以上生きてきて、僕は恋愛感情というものが何なのか知らなかったし、それよりも、両親のことで頭がいっぱいで、それどころじゃなかったのだ。
「まさか、僕が。そんな訳ないじゃないですか」
「じゃあその顔は何だよ。真っ赤だぞ、顔」
 気付いてなかった。知らなかった。
「知りませんよ、そんなの……僕はあなたに、恋愛感情なんて、」
 不意に抱き寄せられて、身体が動かなくなる。僕よりもおじさんの方が背丈は小さいのに、なぜか僕の身体はおじさんの腕に収まってしまっていて。
「……お……が……」
 おじさんが、なにかを僕の耳元で呟く。吐息が触れる。
「な、何ですか……聞こえないですよ……」
「……お前は気付いてないかもしれないけどな、それは恋ってやつだと思うぞ」
 恋情、愛情。
 僕はその感情を、知らない。

 それなのに、知ってしまった。

「僕は、おじさんが…好きなのか……、そうだったのか、僕は」
 そんなことをぶつぶつ呟いている僕の唇に、柔らかいものが触れて。
 反射的に噛みついてしまった。鉄の味が、口内に広がる。
「っ……!!」
「……あ、す、すみません……」
 顔を離したおじさんの口元を、紅い雫が伝う。血だ。紅い、紅い血だ。
 謝る僕に、おじさんは口を拭いながら、大丈夫と返す。でも、僕はまた。
「……謝るなよ、俺が一方的にやったんだから、正当防衛だ」
「で、でも」
 よほど深く噛んでしまったのか、血は止まらない。また人を傷付けてしまったのだ、僕は。
「……そんな顔するなよ、バニー。もし何なら、もう一回キスさせてくれ、それでチャラ。な、それでいいだろ」
 僕は、頷いた。

 二回目のキスも、鉄の味。
 三回目のキスは──。


2011.06.20
(キス話。いきなり突っ込んだ感じでアレですが。キスしたらおじさんの唇を噛んでしまったどうしよう…みたいなバニーちゃんだったら可愛いなあ)