ヒーローデビュー記念日

 人から聞いたのだけれど、今日はおじさんのヒーローデビューの日だとか。
「……おじさんにも若い頃があったんですね……」
「あ? 何だよ急に……」
「いいえ、なんでもないです」
 おじさんは怪訝そうな表情でこっちを見てくる。困ったな、どう言い訳しよう。
「……おじさん、今日はヒーローデビューした日なんでしょう」
「……ああ、そういやそうだな、忘れてたわ」
「忘れてた、って」
 おじさんは笑う。
「この何年間か、死に物狂いで働いてきたから。もうさ、そういうのいちいち祝ったりしてらんなくて」
 嘘だな、と思った。おじさんは死に物狂いで働くほど忙しくないはずだ。
「……や、でも忘れてたのは本当だぞ。いやもう、毎年それどころじゃなくて、この時期はさ」
 その表情を見るに、それは真実だったのだろう。僕はふと口を開いた。
「おじさん、今日飲みに行きましょう」
「え?」
「僕のおごりで、です。……記念日なのに何も祝わないって、それはそれで、とても寂しいことなんじゃないかと」
 僕がそう言った途端、おじさんは笑い出して。
「まさかお前から寂しいなんて言葉が出るとはね……いいぞ、行こう」
 どうせ暇だしな、と付け加えたおじさんに、僕も笑った。

2011.06.19
(おじさんと組んで何ヵ月か経ったあと、かつ全部終わったあとにこんな関係になってたらいいなあとかなんとか。心情の変化的な…)