きっと彼なら、

 キーリ、と自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、ふと瞼を開いた。
 心配そうに覗き込む、女性の顔。ラジオから声が聞こえてくる。
『大丈夫か、キーリ』
「あ、うん」
 ちょっと頭がくらくらするかな──と返すと、女性はますます心配そうになって。
「次の町で一回降りよう」と提案してくる。
「だ、大丈夫だから、ベアトリクス」
「そう?」
『無理してる顔だぞ、キーリ』
 彼の静かに諭すような声に、キーリは首を振った。 「分かった、次で一回降りよう」

 エイフラムったら、いったいどこで油売ってるのかしらね。
 結局、宿に着くや否やベッドに倒れ込んでしまった彼女の姿を横目に、ベアトリクスはため息を吐く。
「……ったく、無理して見栄張って、なにが楽しいのよ」
『なんか、段々あいつに似てきたよな──』
 そうラジオがぼやいて、確かに、と彼女は苦笑する。
「私と違って、不死人じゃないんだから。無茶したら駄目だって分かってないのかしら。ま、キーリのことだから、明日にはケロッとしてるんだろうけど」
 相づちを打つラジオに声をかける。
「薬と、なんか食べるもの買ってくる。キーリをお願いね、兵長」
『ああ』
 そう、ラジオから頼もしい声が聞こえて、ベアトリクスは笑って部屋を後にした。


 一瞬、赤銅色の髪が視界に入った気がして、キーリはその姿を探した。
「……!」
 名を呼ぶが、掠れて、声にならない。必死に叫ぶが、声が出ない。
「……ハーヴェイ!!」
 やっと出た声も、まるで自分のものじゃないみたいで──。そのとき、自分の手が、老婆のようになっているのを見た。
 そんな、やだ、嘘。
 手を伸ばしても、どんなに叫んでも、彼には届かなくて。
 何時の間にか、ハーヴェイの姿はずっとずっと遠くに────。

『キーリッ』
 目を開くと、少し古い天井が目に入った。汗で額に張り付いた髪が、うっとおしかった。
 ぜえぜえと肩で呼吸をしながら、声のした方を見る。
「あ……ごめん」
『大丈夫か? うなされていたようだが』
 ゆるく首を横に振り、ふうと息をつく。今の夢が、現実になってしまう、なんてことを考えたら、怖かった。
『……あいつの夢でも見てたのか』
 否定もせず、肯定もせず、ただ、兵長はどうしてこういうとき無駄に鋭いのかな、とかなんとか考えてみる。
「……兵長も、ハーヴェイのことが心配なんだもんね」
『やっぱりか。……ハーヴィーの馬鹿が気になるか?』
「うん……」
 それきり、会話が途絶えてしまって。仕方なく、もう一眠りしようと瞼を閉じた、そのとき。
「ただいまー」と、聞きなれた女の声。慌ただしく入ってくる彼女の姿を見かけて、ラジオからやれやれという風に黒いノイズが吐き出される。
『……仮にも病人がいるってのに、もうちょっと静かにできねえのか、お前は』
「十分静かにしたつもりだったんだけど。……大丈夫?」
 寝汗で髪が張り付いているのを見て、ベアトリクスが心配そうに訊いてくる。その手には、紙袋が抱えられていて。
「とりあえず、あんたが食べられそうなもの、買ってきたから。あと薬」
 がさ、と袋からパンをちらつかせて、彼女は笑う。ありがとう、とキーリは返して、それから、疲れたように目を閉じた。
「もうちょっと、寝かして」
「ん」

 静かに寝息を立てる少女。ベアトリクスは、くすりと笑って。
「本当、無理しちゃって……エイフラムの夢なんて見て、本当」
『立ち聞きか? 良くないぞそういうの』
「いいじゃん。……キーリは、エイフラムが大好きなんだなあって、ちょっと妬いてみてるとこなんだから、私」
『どっちに対して?』
「そりゃもちろん──」
 言いかけたところで、少女が寝返りを打ったので、口をつぐむ。少しの沈黙のあと、ベアトリクスは笑って。
「エイフラムが羨ましいなぁ」
 あんな可愛い子、そういないよ、と。
『……ベアトリクス、お前』
「何か勘違いしてない?」
 そして、どちらともなく笑い出して、そして。
「……この子は、一度死んだものに縁がありすぎる」
 そんなようなことを、口の中で呟いて──それは、誰にも届かないくらいに小さな声だった。しかし、ラジオは同意するように、黒いノイズをちりちりと吐き出す。
 苦笑しつつ、ベアトリクスはキーリの寝息を静かに聞き続けていた。
 ──エイフラムなら、あいつなら、こうするんだろうから。

20110907
(キーリを読破して、ベアトリクスがあんまりだー!ってなりました。そんな私はハーヴェイとキーリが一番好きなはずなのにヨアヒムに心を惹かれてます。あれおかしいな。
 全体的に、すごくしっとりした感じの物語だな、と思います。大好きです。あんまりコメディ多くないとことか大好きです。…熊の着ぐるみの人と、神官の男(ヨシウ)がちょっとコメディ要員だったかな。まあとにかく、みんな大好きです。
 とりあえずキーリと兵長とベアトリクスが旅してたときの話を思い付いたので。小説の二次創作ってどうなんだろうとは思ったのですが、衝動には耐えられず…orz
 ビーはちょっと百合っ気あったら可愛いなあとか思います。あっ嘘です叩かないで)