Versprechen

「よう、大佐」
 今は中将なんだけれど、と苦笑を返すと、元・鋼の錬金術師も笑ってみせた。あの頃よりも、ずっといい笑顔だった。
「約束の、520センズ……返そうと思ったけど、もうちょっと後に来ればよかったかな」
 そう皮肉を言ってみせるのは、昔と変わらない。
「まだまだかかりそうなら、また出直すけど……」
「おっと、待ちたまえよ。折角こっちに来たんだろう? 少しゆっくりしていったらどうだ?」
 問うてみると、昔よりも随分余裕のある様子で、いいよ、という返事が返ってきた。
「どこに行こうか? 食事でもするか? ああ、昔よりも随分この街も変わったから、市内観光もいいな。それとも、私の家でも行くか?」
 市内観光かな、と言うのでちょっと悲しそうな顔をしてみせると、慌てて首を横に振る。
「あ、嘘だって! あんたの家、久々に行きたいなって思ってたから」
 嘘だな、と思った。けれど、それがどうしても嘘には思えなくて、よし分かった、と私は頷いた。
「じゃあ、私の家に行くとしよう。今日のディナーはシチューかな」
 やった、と彼が嬉しそうに笑う。昔よりも綺麗さが増していた。けれど、昔よりも、ずっと悲しげな笑顔だった。


「うわ、大佐の家とか久しぶりだな! 何年ぶりだろ」
「そうだな……四年ぶり、か?」
 そんなになるのか、と彼はびっくりした様子だった。彼にとって四年ぶりの、私の家。私も結構久しぶりではあるが。
「うわ、何も変わってないな……この置物、オレが買ってきたんだけど位置変わってないぞ? 掃除してる?」
 していることにはしているが、そこまで丁寧に掃除ができる時間はあまりなかった。最低限、生きていくために必要なぶんだけ。あの後、この四年間は殆ど毎日働いていたくらいだ。あの戦いの後処理から、何から何まで。とにかく、私がやらねばなからない仕事は多かった。
「あ、そうだ。オレが掃除してやるよ」
「え? いや、やらなくていいが……」
「遠慮するなって! しばらく滞在するつもりだからさ」
 そういう問題ではないし、そもそも全く筋が通っていない。見られて困るものはここにはないが、いやしかし。
「な、オレが片付けるよ! っていうかむしろ片付けさせろ、ついでに文献読ませろ」
つまりはそういうことだったのだ。私はため息を吐いて、分かったよと返事をした。掃除は嫌いではないが、得意ではない。人にやってもらえるだけ、ありがたいと思わねばなるまい。
「じゃあ私は夕飯を作るから、君は掃除していてくれ」
 はぁい、と間延びした声を聞きながら、私は台所に向かった。


 三日後、電話がかかってきた。アルフォンスからだった。
「こんにちは、大佐……今は中将でしたっけ」
「ああ、アルフォンス。久しぶりだな。元気かい?」
「はい。中将もお変わりないようで。それで、えっと、そちらにうちの兄がお邪魔してませんか?」
 来ているよ、と返すと、電話の向こうで彼がため息を吐いたのが分かった。
「やっぱり……じゃあ帰ってくるように言ってくれますか? ウィンリィが機械鎧の整備してたのに、兄さんったら飛び出しちゃって……」
 どうせ彼のことだ、ウィンリィ嬢と喧嘩にでもなったのだろう。やれやれ。
「分かった、早めに帰るように言っておくよ。あと何か、伝言はあるかね」
 特には、とアルフォンスが言いかけたところに、電話の向こう側から何やら声が聞こえてきた。
「あと、帰りがけにお土産も、って。もう、ウィンリィったら」
「分かった、それも伝えておくよ」
「はい、お願いします。それでは」
 ガシャン、と電話を置いて、私は息を吐いた。
 やっぱり、この三日間の挙動はそういうことだったのだ。納得して、私は腰を上げた。
「少佐、少し出てくる」
「分かりました。どちらまで?」
「彼に帰るように言ってくる」


「……大佐?」
 うたた寝していたのか、涎のあとが見えた。はぁ、と息を吐いて、問う。
「ウィンリィ嬢と喧嘩したんだって?」
 彼は黙り込んでしまう。無言の肯定。
「帰ってこい、ってアルフォンスが言っていたよ。早く帰ってあげなさい」
「……やだ」
「なぜ?君には帰る場所があるだろう」
「……だって、ウィンリィ怖いんだもん……」
 やれやれ、と私はまたため息を吐いて、彼の頭を叩いた。
「!!? …ってぇな!! 何すんだよっ」
「それくらい元気なら大丈夫。さ、帰りなさい」
「……分かったよ……帰るよ……」
 ぶう、と口を尖らせている彼に、もうひとつ、伝言を伝える。すると、面倒くさそうな顔をした。
「え、何かって何。何買ってけばいいの」
 そこまでは聞いていない。すると、彼は、買い物に付き合ってくれと言い出した。仕方ない、これも彼がリゼンブールに戻るためだ。


 ウィンリィ嬢にはアクセサリーがいい、と彼は装飾品店に入った。
「んん……ピアスはあれ以上は駄目だし……んー」
「指輪とかは?」
「指輪かぁ……指輪、ねぇ」
 男二人で悩んでいると、何かお探しでしょうか、と店員がやってきた。彼が素直に目的を伝えると、こちらはいかがでしょう、とシルバーのブレスレットを勧めてくる。
「ああ、じゃあそれにしようかな。いくら?」
「五千センズになります」
 財布の中を見て、それから、彼は私に向き直った。
「お金貸してください」
「……仕方ないなぁ、ちゃんと返せよ」
 もちろん、と威勢だけはいい返事をして、彼は笑った。
 会計に向かう途中、私は視界の中にきらりと光るものを見て、足を止めた。赤い髪留め。きらきらと輝く糸が編み込まれていた。それも手にとって、店員に手渡す。
「これももらえるかい」
 はい、と店員はそれも袋に入れようとしたので、袋に入れなくていい、とそれを制した。
「ん? 髪留め? なんでまた」
「これは君に、だよ。今使っているのは昔から使っているやつだろう? 見た感じ、もうぼろぼろだしここらで新しいのにするといいと思ってね」
「……ん。ありがと」
 金を払い、店を出る。そのまま駅へ向かう。新しい髪留めで早速髪を束ねながら、彼は呟いた。
「あーあ、あんたの家、楽しかったのになー」
「またゆっくり来るといい。今度はセントラルの案内でもしよう」
 切符を買って、構内へ入る。こうして隣を歩くと、彼も随分背が伸びたな、と思ったが、それを口にすると怒られそうだ。今では私を少し越したくらい。昔は頭ひとつ、いやもっと小さかったのに。
「……なんかさ、大佐と同じ目線に立ってるんだなーと思うとすごい微妙な気持ちになるんだけど。もっと大きくなりたかったな! って」
「失礼だな。私だってそこそこ背は高い方だぞ」
「いや、大佐は普通くらいだろ。ハボック少尉とかの方がでけーもん。あれくらい大きくなりたかったー」
 私はそこで笑ってしまった。耐えきれなくて。
「んだよ、笑うなよ……そりゃ、昔はあんだけ小さかったけど」
「今じゃ私を越してるんだもの、びっくりしたよ」
「……ま、それもそれでありだろ。ホントは少尉も少佐も越したかった!」
「アームストロング中佐はさすがに無理じゃないか?」
「うん」
 そうして、また二人で笑って、それから、不意に抱きしめられて。ああこんなに彼は大きくなったのだ、と改めて実感した。昔はこの腕にすっぽり入ったのに。
「また来るから」
「ああ」
「今度はもうちょいゆっくり出来るようにするから」
「うん」
「今でも好きだから、大佐のこと」
「私もだよ」
 そして。

 汽笛が聞こえて、彼は私を離して汽車に乗り込んだ。
「じゃ、またな」
「ああ、また」
 駅を出ていく汽車を見送ってから、私は歩き出した。
 これは約束だ。さよなら、ではない。またね、だ。
 だからまた、私と君は出会うのだろう。

 次はどこで会えるかな。


―ちょこっと解説―
 こんにちは、キサワです。今日は折角520センズの日! ……ということで、「その後の話」かつ「新しい約束」をテーマに書いてみました。嘘です。すみません。
 エドウィン前提ですが、一応ロイエドです。むしろエドロイです。もうなんだかしっちゃかめっちゃかです。すいません。
 旅の前半では大佐が好きだったけど、だんだんウィンリィちゃんも気になってきて、結局最終的にはウィンリィちゃんとで、でもやっぱり大佐は大佐で好きで……という複雑な気持ちがある上で、今回の行動になるのでしょうか。……意味が分からないよ!
 とにかく、520センズの日でした。お祝いだー!

 ちなみにタイトルはドイツ語で約束、という意味だそうです。Google先生が言ってた!
2011.5.20
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