Escapism

 全部放り出して、現実逃避。

 あまりにも暖かく心地よい天気なので、うたた寝をしていた。
 普段ならば、そんな安らかな午後なんてものはすぐに消え去ってしまう訳だが。
 何故か今日に限ってはそんなこともなく、彼は深い眠りに落ちていった。


 彼は今、草原にいた。
 草原に吹き抜ける風が、髪を揺らす。生温いが、心地よい。
 ふと、振り向けば、少年が立っていた。少年は、笑っていた。
「よう」と片手を上げ、こちらへ近寄ってくる。
 やあ、と返すと、少年はいつになく優しく微笑んで。

「仕事、しろよ」


 唐突に目が覚めた。
 目の前には、沢山の紙の束。おそらく、自分が寝ている間に部下たちが置いていったものだろう。
 ひとまずコーヒーでも飲んで、と思い、椅子を引くと。
 がたん、という音。
「……?」
 下を向いてみると、少年が頭をさすっていた。
「何をしているんだね」
「別に何もしてねえ……よ……下くらい確認しろ、ばか!」
 何故か怒り出し、エドワードは腰を上げた。釣られて、彼も椅子から立った。
「お詫びに何か奢れ、食堂でいいから」
 何で私が、と訊き返すと、彼はそっぽを向く。別に、と小さな声。
「……食堂じゃなくて、どこか喫茶にでも行こう。その方がいいだろう?」
「ケーキ食ってもいいなら行くけど」
「もちろん構わないよ」
 前に教えてもらった喫茶にしようと心の中でそっと決めながら、走り出した少年を追いかける。
 ──まさか夢が現実になるとは、ね。


 数時間後、彼が部下たちに怒られたのは言うまでもないが。
「オレが悪いんだ」というエドワードの弁明と、菓子を土産に買っていったことで、副官の機嫌はそれほど損ねず、仕事も増やされることはなかった。
 その菓子は、部下たちで山分けし、一部で喧嘩になったりもしたが、美味しく食べたという。

2011.3.31
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