読書の秋、食欲の秋

 大佐が本を読んでいた。執務室で。
「……仕事しろよ……」
 そう声をかけると、ふっと顔を上げ、居たのかと言い出す始末だ。ぎっと睨みつけると、慌てて本を閉じた。
「まあそう怒るな。今は秋だろう、読書をするのもいいじゃないか」
「仕事中に読むな。中尉に怒られるぞ」
 すると、大佐は肩をすくめて笑った。
「いいじゃないか、こういう時くらい中尉だって見逃してくれるさ」
 そういう問題じゃないだろうと言ってみたが、大佐はへらへら笑っているだけだ。全く、このサボり魔は。
 ため息を吐いて、大佐の机に歩みよる。ばん、と乱暴に机に手をつくと、なんだい、と面倒くさそうに非難の声をあげた。
「仕 事 し ろ」
「い や だ」
 何だろうこのやり取りはと思いながら、大佐の本を取り上げた。返せと手を伸ばしてくるが、オレが一歩下がると椅子から立ち上がらない限りは手が届かない。そして立ち上がろうとしない。ものぐさめ。
「とりあえずそこの書類片付けろ、そしたら休憩時間なら読んでもいいから」
 仕方ないなあ、とため息を吐く大人。どっちが仕方ないんだと考えつつ、オレはソファに戻ってその本の表紙を開いた。

 しばらく寝ていたらしい。目が覚めると、窓の外はもう夕焼けだった。
 大佐は、と見遣ると、机に突っ伏して眠っている。書類は中尉が回収したらしい。
 ふああ、と大きく欠伸をしながら、オレは腰を上げた。東方司令部名物の不味いコーヒーでも取りに行こう。
 と、ちょうど中尉が入ってきた。右手にはコーヒーの入ったカップが乗っているお盆が。
「あら、お目覚め? 大佐は……まだみたいね」
 まだ仕事があるから、とオレにお盆を渡すと、出ていってしまった。仕方ないのでコーヒーのカップを手にとり、口を付ける。独特の、不味い味が口の中に広がった。
 とりあえずアルフォンスのところに戻らないといけない。という訳で、大佐の分は大佐の机に放置していく。
 流石に何も言わず帰るのは悪いな、と思ったので、メモと本を一緒に置いておいた。


 ホテルのベッドでごろごろしていると、フロントから呼び出しがかかった。大佐から電話だそうだ。
「はいもしもし、オレですけど」
『あ、鋼のか。今から食事でもどうだ』
 いいけど、と返すと、じゃあ8時にと一方的に切られた。一体なんなんだ。
 まあ折角だから、大佐に奢ってもらおう。食欲の秋って言うくらいだし、いっぱい食べてやる。
 そんなことを思って、オレは部屋に戻ったのだった。

 このあと、どうなったかはこれを読んでいる人の想像に任せることにする。
 ただ、ひとつ、アルフォンスに怒られたことだけは言っておこう。

読書の秋、食欲の秋、運動の秋。
2010.10.6
戻る